喜多院の太子堂は弘化4年3月、末寺混合院境内地に創建されました。明治以後廃寺にともない日枝神社境内に移し更に明治42年3月現在の多宝塔建立地に移築されました。
そして昭和47年11月この地に立派な六角太子堂として再興されました。中央が太子堂、左側の石塔が木遣塚です。
木遣とは、建築用材に用いる大木を運ぶ時、大勢の力を合わせて引く歌を云い、木曳歌と同義語です。木曳の際の号令の役目をした掛声が木遣歌となりました。
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川越めぐりは我が街川越をたくさんの画像を交えながら紹介いたします。
川越は小江戸といわれるだけあり、たくさんの神社やお寺がたくさんあります。とても1日ではまわれません。また四季折々の風情もあります。
私は小さいころから川越に住んでいます。そんな川越を皆さんにも見てもらいたくこのようなサイトを立ち上げました。素敵な川越をぜひみて見て下さい。
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川越市内から来た場合は月吉陸橋をこえた先の今成交差点を左にまがります。すぐ先の信号に川越西郵便局があります。
札の辻の交差点をを曲がり少し行ったところに菓子屋横町があります。そこを入って菓子屋横丁の中ほど、田中屋さんの軒先に丸ポストがあります。
川越中院の開基は慈覚大師円仁です。時は人皇53代淳和天皇の治世でした。中院創立の縁起は喜多院と全く同じで天長7年(830年)慈覚大師によって創立された。
川越氷川神社の歴史はたいへん古く、古墳文化が伝えられた6世紀、欽明天皇の御代に武蔵一宮である大宮氷川神社を分祠したことに始まったといわれている。