慈眼堂は、慈眼大師天海をまつる御堂です。天海僧正は、寛永20年(1643)10月2日寛永寺において入寂されました。正保2年(1645)に徳川家光公の命によりこの御堂が建てられました。
厨子に入った天海僧正の木像が安置されました。建物は、裄行(けたゆき)3間、梁間(はりま)3間の比較的小さな御堂です。
屋根は中央から四方の隅へ流れる宝行(ほうぎょう)造り、本瓦葺(ほんがわらぶき)。宝形造は、四方の隅棟が一ヵ所に集まっている屋根のことで、隅棟の会するところに露盤(ろばん)があり、その上に宝珠が飾られています。小高い岡の上にあり、この丘は7世紀初頭の古墳を利用しています。
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川越は小江戸といわれるだけあり、たくさんの神社やお寺がたくさんあります。とても1日ではまわれません。また四季折々の風情もあります。
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