鐘楼門(しょうろうもん)は、二階建ての階上に梵鐘を吊した門の事をいいます。 入母屋造りで本瓦葺き。一階部分は袴腰と呼ばれる囲いがついています。
鐘楼門(しょうろうもん)は、二階建ての階上に梵鐘を吊した門の事をいいます。 入母屋造りで本瓦葺き。一階部分は袴腰と呼ばれる囲いがついています。
鐘楼門は、裄行(たけゆき)3間、梁間(はりま)2間、入母屋造りで本瓦葺。1階には袴腰(はかまごし)と呼ばれる囲いが付き、2階の前面には竜、背面には鷹の彫刻があります。
鐘楼門は古墳上にある慈眼堂の正面に位置し、慈眼堂の門としての機能をはたしています。したがって、天海没後、正保2年(1645年)の慈眼堂建立と同時に建てられたといわれています。
しかし、寛永の大火の前は、この慈眼堂の位置には東照宮が建立されていたとも云われ、大火前の寛永10年(1633年)の東照宮建立と同時に鐘楼門が建てられた記録があることから、この門が大火をまぬがれて今に至っているとも云われています。
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川越めぐりは我が街川越をたくさんの画像を交えながら紹介いたします。
川越は小江戸といわれるだけあり、たくさんの神社やお寺がたくさんあります。とても1日ではまわれません。また四季折々の風情もあります。
私は小さいころから川越に住んでいます。そんな川越を皆さんにも見てもらいたくこのようなサイトを立ち上げました。素敵な川越をぜひみて見て下さい。
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現川越城である河越城は、長禄元年(1457)に、上杉持朝の命により、家臣の太田道真・道灌親子が築いたといわれています。
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川越八幡宮は人皇第68代、後一条天皇(1016-1036)長元3年(1030)甲斐守源頼信の創祀と伝えられています。