川越中院の開基は慈覚大師円仁です。時は人皇53代淳和天皇の治世でした。中院創立の縁起は喜多院と全く同じで天長7年(830年)慈覚大師によって創立された。
元来星野山無量寿寺のなかに北院・中院・南院の三院があり、それぞれ仏蔵院、仏地院、他聞院と称していたものです。
当初の中院は、現在の東照宮の地にあったが寛永10年(1633年)東照宮建造の折に現在地に移されたものである。(中院看板より抜粋)
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川越は小江戸といわれるだけあり、たくさんの神社やお寺がたくさんあります。とても1日ではまわれません。また四季折々の風情もあります。
私は小さいころから川越に住んでいます。そんな川越を皆さんにも見てもらいたくこのようなサイトを立ち上げました。素敵な川越をぜひみて見て下さい。
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