見立寺(けんりゅうじ)は寿昌山了心院と号し浄土宗に属します。永禄元年(1558)小田原北条氏の重臣で川越の城将大道寺正政繁候が、感誉存貞上人を講じて開山されました。
布袋尊は中国唐代の禅僧で名は契此。小柄で太鼓腹、大きな袋を担って各地を放浪し、吉凶を占い、福を施して倦むことがなかったといいます。又、未来仏たる弥勒菩薩の化身ともいわれ、昔から崇められてきました。 (七福神めぐりパンフレットより抜粋)
|
|
|
|
スポンサードリンク
当サイトに掲載している画像はすべて管理人によるオリジナルの画像です。もしあなたが当サイトの画像をホームページの画像や印刷物に使用したい場合、ぜひご利用ください。その際のご連絡も必要ありません。
もし当サイトの画像をご利用した場合、ぜひリンクをいただけるとうれしいです。トップページである必要はありません。各個別ページにリンクソースが記載されていますのでそちらをご利用ください。
著作権は放棄していませんのでご了承ください。商用利用の場合は別途ご連絡をください。

川越.bizは我が街川越をたくさんの画像を交えながら紹介いたします。
川越は小江戸といわれるだけあり、たくさんの神社やお寺がたくさんあります。とても1日ではまわれません。また四季折々の風情もあります。
私は小さいころから川越に住んでいます。そんな川越を皆さんにも見てもらいたくこのようなサイトを立ち上げました。素敵な川越をぜひみて見て下さい。
川越.bizの記事ピックアップです。
川越八幡宮は人皇第68代、後一条天皇(1016-1036)長元3年(1030)甲斐守源頼信の創祀と伝えられています。
鐘楼門(しょうろうもん)は、二階建ての階上に梵鐘を吊した門の事をいいます。 入母屋造りで本瓦葺き。一階部分は袴腰と呼ばれる囲いがついています。
熊野神社は、『明細帳』によると天正18年(1590年)蓮馨寺二世然誉文応僧正が紀州熊野より勧請したことに始まり、以後、松郷の人々が氏神として崇敬した。
浅間神社のある小高い山は「母塚」と呼ばれる古墳(円墳)。この地域の指導者の墓だといわれています。国道16号線を隔てた愛宕神社が「父塚」です。神社本殿裏に富士山の噴火口を模した穴があります。