東明寺には小田原北条の関東進出を決定的にした川越夜戦の激戦地で、将兵の遺骸を納めた“富士塚”が今も残っています。
東明寺は、時宗(開祖一遍上人)の寺で稲荷山称名院東明寺と称し、本尊は虚空蔵菩薩である。 お寺の位置は、川越台地の先端が水田地帯に接する北の端にある。このあたりからは、新河岸川を境として川越の町の北側を入間川を主流とする分流が幾筋も流れ、水田地帯を形成しており、古くからこの穀倉地帯を領する多くの武士団が存在した。(看板より抜粋)
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